大判例

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名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)1233号 判決 1969年6月06日

原告

衣笠清

ほか五名

被告

三愛自動車板金塗装こと市橋正孝

主文

一、被告は原告ら各自に対し、各五万円およびこれに対する昭和四三年五月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを八分し、その一を被告、その余を原告らの各負担とする。

四、この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

(当事者双方の求める裁判)

一、原告ら

被告は原告らに対し各四二万四、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年五月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

(請求原因)

一、本件事故の発生

衣笠藤太郎は、昭和四二年一〇月一七日午後四時四五分頃、名古屋市北区辻本通三丁目三一番地先路上を西から東に向け横断中、該道路を北進中の西部定美運転の普通貨物自動車(以下加害車という)に衝突されて即死した。

二、被告の責任

本件事故は西部が、その使用主である被告のため業務執行中、前方不注視の過失により発生させたものであるから、被告は右事故によつて原告らが蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

三、損害

(一)  衣笠藤太郎の損害

1 逸失利益 一五四万六、二〇〇円

藤太郎は生前自由労務者として一ケ月平均二〇日間稼働して一ケ月三万七〇〇円(一日平均一、五三五円)の収入を得ていたところ、同人の生活費は多く見積つても一ケ月一万五、七〇〇円であつたから一ケ月当りの純益は一万五、〇〇〇円であつた。同人は事故当時五三才の男子で健康体であつたからなお一一年間は稼働可能であり、その間に一九八万円の純収入を得られるものと考えられるからこれをホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除して事故当時における一時取得額を求めると一五四万六、二〇〇円になる。同人は本件事故により右同額の損害を受けた。

2 慰藉料 一〇〇万円

(二)  原告らの損害

原告らは何れも藤太郎の弟妹であるが、病気のため通常人より知能が低く、伴侶にも恵まれなかつた藤太郎をしばしば寝泊りさせていた。

事故前数ケ月は同人が中協園にいたため原告らのもとに寝泊りすることもなく、また原告らも自己の生活に余裕がなかつたため引き取つて共同生活することはできなかつた。

以上のような次第で原告らが長兄である藤太郎を失つた苦痛は親、子に劣らぬほど甚大である。よつてこれを慰藉するには原告ら各自につき五〇万円が相当である。

(三)  仮に右の原告ら固有の慰藉料が認められないとすれば、藤太郎の慰藉料は三〇〇万円が相当である。

(四)  原告らの相続

原告らは藤太郎の弟妹として、同人の被告に対する前記損害賠償請求権を法定相続分に従い取得した。

四、損害の填補

原告らは自動車損害賠償責任保険金三〇〇万円を受領したので、これを前記の損害の一部に充当する。

五、結論

よつて原告らは被告に対し原告各自につき四二万四、〇〇〇円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和四三年五月四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

一、請求原因事実中、本件事故の発生したこと、西部が被告の被用者であつて、被告のため業務従事中に本件事故が発生したこと、藤太郎が自由労務者であつたこと、原告らが自動車損害賠償責任保険金を受領したことは認める。その余の事実は争う。

二、藤太郎の過失

本件事故現場の北方約五〇メートルの地点には横断歩道橋があり、南方約五〇メートルの地点には信号機の設置された横断歩道があるのに藤太郎は極めて交通量の多い本件道路を横断するに際し、左右の安全を確認せず、おりから信号がかわつて一斉に発進してきた自動車の集団の直前を横断しようとした。

西部は自己の左前方を先行する二台の貨物自動車の影になつて藤太郎の姿を発見することができなかつたところ、同人が右の貨物自動車の前を通つて突然道路中央寄りに出てきたため急制動の措置をとつたが間に合わず衝突してしまつた。

以上のとおりで、本件事故は藤太郎の過失により発生したもので、西部には何らの過失がなかつた。

仮に西部に過失があつたとしても、損害額の算定については右のような藤太郎の過失が斟酌されるべきである。

三、損害について

藤太郎は若い頃から道楽のかぎりをつくし、前科も一〇数犯あり、昭和四二年五月三〇日刑務所を出所後中協園に入園して自由労務に従事していた。

同園は更生緊急保護法第五条に基づき更正保護事業を営む目的で設立された施設であるため生活費は一日一五〇円であり、入園期間は出所後六ケ月以内とされており、藤太郎は本件事故の一ケ月後には退園しなければならず、以後は右のような安い生活費で生活することはできない状況であつた。

藤太郎には妻子がなく、また弟妹からも見放されて絶交状態にあつたため、同人の死体を引き取る者がなく、被告が野辺の送りまでした有様であつた。

右のような次第であるから藤太郎の逸失利益等あるはずがなく、また原告ら自身の慰藉料請求は不当である。

(証拠)〔略〕

理由

一、本件事故の発生したこと、西部が被告の被用者であつて、被告のために業務に従事中本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。

そして〔証拠略〕によれば次のような事実が認められる。

本件事故現場は幅員一七メートルの舗装された道路で交通量は多多く、北方約五〇メートル付近には横断歩道橋が、また南方約一〇〇メートルの地点には信号の設置された交差点がある。現場は直線道路であるが本件事故当時は小雨が降つており、また夕方のため見通しは悪かつた。

西部は加害車を運転して時速四五ないし五〇キロメートル位で北進中、道路左端に駐車中の乗用車に気をとられて、助手席の同乗者と会話に熱中したため、自己の左前方を走行中の自動車の前部を通つて西から東へ歩行横断中の藤太郎を同乗者の指示により約一二メートル手前に至つて初めて発見し、急制動の措置をとつたが及ばず自車前部を同人に衝突させた。

以上のように認められ、右認定を左右するにたりる証拠はない。

右事実によれば本件事故は西部の前方不注視の過失によつて惹起されたものであることが明らかである。

よつて被告は本件事故によつて生じた後記の損害を賠償すべき義務がある。

二、藤太郎の過失

前認定の事実によると藤太郎にも、近くに横断歩道橋または信号機の設置された交差点があるのに交通量の多い本件事故現場付近において左右の安全を充分確認しないまま横断を開始した過失があつたものといわざるを得ない。この点は損害額の算定にあたつて斟酌することとする。

三、損害

(一)  藤太郎の損害

1  逸失利益 一二〇万円

〔証拠略〕によると、藤太郎は大正三年一〇月二〇日生の男子であること、昭和四二年五月三〇日から犯罪者予防更生法、執行猶予者保護観察法、更生緊急保護法に規定する保護対象者の自立更生に必要な援護を行なう目的で設立された財団法人中協園の宿泊施設に起居していたこと、同年六月一日から入野組こと入野某に雇われ、事故当時は一ケ月平均約二〇日間労働し、一日当り一、五三五円の収入を得ていたことが認められ、右認定を左右するにたりる証拠はない。

そして同人の年令、職種等に照らすと同人は本件事故にあわなければなお少くとも一〇年間は右と同程度の収入を得られたものと考えられるところ、前記中協園の性格が一時的な更生援護施設であることを考慮すると同人の生活費としては一ケ月一万五、〇〇〇円を要するものというべきである。

そこでホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して藤太郎の逸失利益の一時取得額を計算すると一四九万六、八一九円になる。同人は本件事故により右同額の損害を蒙つたことになる。

2  過失相殺

前示藤太郎の過失を斟酌すると、前記の損害のうち被告が賠償すべき金額は一二〇万円とするのが相当である。

3  慰藉料 二一〇万円

本件事故の態様、藤太郎の過失、その他本件弁論にあらわれた諸般の事情を勘案すると藤太郎の慰藉料は二一〇万円が相当である。

(二)  原告らの慰藉料

〔証拠略〕によると藤太郎は、原告らの長兄であるが、幼少の頃脳膜炎をわずらつたため知能程度が低く、窃盗等の犯罪を一〇数犯重ねて妻子もなく、家業も次男である原告清が継ぎ、他の原告らもそれぞれ独立していることもあつて数年前からは原告らと別居し、日雇等をしながら一人で間借生活をし、本件事故当時には中協園において起居し、時には原告らの家庭を訪れることがあつたものの、原告らが同人の住居を訪れるようなことはなく、原告らの多くはその住居地さえも知らなかつたこと、このような事情から事故当初は藤太郎の身元さえ明らかでない状態であつたこと、そして被告が自らすすんでその従業員らとともに被害者の通夜、葬式を行なつたという有様でかえつて被告側の誠意ある態度がうかがわれたことの事実が認められ、右認定を左右するにたりる証拠はない。

ところで被害者の死亡による近親者固有の慰藉料については、その者が民法七一一条に規定する直近の近親者以外の者である場合は被害者と同居し、同一の生計に服していたとかあるいは事業等を共同で行なつたり、日常生活において互に扶助し合つていた等というように被害者と直近の近親者におけると同程度の特別に緊密な生活関係があつたような場合に限つて認められるものと解すべきところ、前認定のような関係にある原告らについては右のような特別に緊密な関係があつたとは到底認められず、他にこれを積極に解し深甚な精神的苦痛をこうむつたことを認めるべき事実の証明はない。原告ら固有の慰藉料の請求は理由がないものといわねばならない。

(三)  原告らの相続および受領関係

原告らが藤太郎の弟妹で相続人であることは前認定のとおりであるから、原告らは右同人の死亡により同人の被告に対する前記損害賠償請求権を法定相続分に従い均等に相続したものといえる。

ところで原告らが自動車損害賠償責任保険金三〇〇万円を受領したことは自認するところであるから、これを右損害額から控除すると原告らの請求金額は各五万円である。

四、結論

以上の次第で原告らの本訴請求は原告ら各自が被告に対し各五万円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四三年五月四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲内で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各々適用し、よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 西川力一 高橋一之 村田長生)

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